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   <title>プロコーチ養成コーチ 赤木広紀のコラム＆エッセイ Akagi Log</title>
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   <title>自分がナマケモノだと認めると・・・</title>
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   <published>2011-07-28T10:56:22Z</published>
   <updated>2011-07-28T11:14:56Z</updated>
   
   <summary>今回はちょっと息抜きに軽いお話を。 頭ではこうすればいいと分かっているのに、体が...</summary>
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      今回はちょっと息抜きに軽いお話を。


頭ではこうすればいいと分かっているのに、体が言う事を聞いてくれない。

そんな体験ってないですか？


      
早くメルマガを書かなきゃいけないのに、なかなか気が乗らず、
つい先延ばしにしてしまう（これ、私のことですね（笑））

そして、なかなか書けない自分を責めたり、自分に愛想を尽かしたり
してしまう。

で、ますますヤル気を無くして、さらに動けなくなるという悪循環・・・


誰にでも多かれ少なかれあるんじゃないでしょうか？

じゃあ、こんなとき、いったいどうしたらいいのでしょうか？


意外かもしれませんが、
自分のことを「ああ、俺って（わたしって）ナマケモノなんだなぁ・・・」と
シミジミと認めることなんですね。


そうすると不思議なことに
ナマケモノだと認めたとたん、ヤル気がなぜか湧いてくるということがおきてきます。


ナマケモノだと認めると、ますますヤル気を失ってしまうんじゃないかと
心配になるかもしれません。


けれども、実際はそれとは逆の結果になることが多いんです。


理想に向かって、自分をムリヤリ奮い立たせ、テンションを上げて何かに取り組む
という人もいますが、そういうテンションは一時的なもので、長続きはしません。

どうやら、長続きする自然な意欲というのは、あるがままの状態を肯定したときにフッと
湧きでてくるようです。

怠けたいというあるがままの状態を肯定し、認めることで、
怠けたいという気持ちが満たされ、満足するんでしょうね。

ヤル気をださなければ！という理想の状態を自分に押し付けるのではなく、
今、ここ、あるがままを認めたときに、自然に意欲が湧いてくる。


人間っていうのは、奥深い生き物ですね。

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   <title>自分の世界観に気づくと・・・</title>
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   <published>2011-07-08T21:11:37Z</published>
   <updated>2011-07-28T11:15:23Z</updated>
   
   <summary>前回の記事から、しばらく経ちました。 この間、「プロコーチカレッジブラッシュアッ...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.coach-support.com/column/">
      <![CDATA[前回の記事から、しばらく経ちました。

この間、「<a href="http://www.facebook.com/procoachcollege?sk=app_194955287216904" target="_blank">プロコーチカレッジブラッシュアップ講座</a>」の制作に没頭していました。

ようやく目処がついたので、こちらも再開したいと思います。

<a href="http://www.coach-support.com/column/essay/post_95/">前回</a>は、あなたの世界観に意識的に気づくことで何が起こるのか？という問いかけで終わりました。

世界観には、「自分観」「仕事観」「人生観」があると書きましたが、
例えば、「自分観」つまり、自分という存在をどう見ているか、自分とは何者か、ということについて
気づくようになるとどうなるでしょうか？
]]>
      
もちろん、人によって違いますが、
わたしの場合は、この「自分観」がはっきりするにつれて、人生の方向性が明確になりました。

自分は何者なのか？
自分のミッションは、ビジョンは何か？
何のために生まれて、何をして生きるのか？

こういった問いに対して、こうなんだという答えが見えることで
焦りや不安、心配は格段に減ってきました。
同時に、安心感、安定感が増したように思います。

自分の軸が出来上がってきた感があります。

もちろん、この軸、自分観というのは、一度できたら、ずっとそのまま続くのかというと
そうではなくて、生きている限り、変化し続けるものでしょう。

とはいえ、毎日ころころ変わるようなものではなく、
森に生えている大木のように、少しずつ変化していくものではないでしょうか。


次回は、仕事観に気づくことでどんなことが起こるかを書いてみたいと思います。

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   <title>あなたの世界観は？</title>
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   <published>2011-02-17T05:45:44Z</published>
   <updated>2011-02-17T05:48:26Z</updated>
   
   <summary>前回の記事で、世界観について少し書きました。 今回はもう少し、世界観というものの...</summary>
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      <![CDATA[前回の<a href="http://www.coach-support.com/column/coaching/post_94/">記事</a>で、世界観について少し書きました。

今回はもう少し、世界観というものの中身について見ていきたいと思います。



]]>
      世界観とは別の言葉で表すと、「世界をどう見ているのか？」「世界をどんなイメージで捉えているのか？」ということです。

そして、この「世界観」という言葉に何が含まれているかというと、
大きく３つの「観」があると考えます。


この「観」の一つ目は「自分観」、つまり、あなた自身の存在をどう見ているのかということです。

もう少し詳しく言うと、あなたは何者なのかというミッションであり、
あなたのビジョンや価値観といったものが含まれます。


「観」の二つ目は「仕事観」です。

これは、あなたの仕事や職業というのをどう捉えているのかということです。

例えば、私は自分の職業を「コーチ」と名乗っていますが、私と同じように
コーチと名乗る人であっても、コーチの定義は一人一人全く同じということは
ないでしょう。

ある人は、コーチとはクライアントのやる気を引き出し、行動を促す人　と
考えているかもしれません。

また別の人は、クライアントの自己実現をサポートする人　と考えるかもしれません。

このように自分の仕事や職業をどう捉えているのか、これが「仕事観」です。


「観」の三つ目は「人生観」です。

これは、人生というものをどう捉えているのかということです。

「人生とは◯◯」

あなたは、この〇〇の中に、どんな言葉を入れるでしょうか？

「人生とは楽しいもの」「人生とは苦しいもの」などなど


あるいは、「生きるって〇〇ね」と言うときに、どんな言葉をつぶやくでしょう？

言葉で明確になっていなくても、日常生活を送っているときに
何気なく感じている気分の中に、あなたの人生観を知る手がかりが
隠されています。

楽しい気分を感じることが多いのか、それともしんどいと感じることが多いのか。


ざっと、紹介しましたが、この「世界観」つまり、
「自分観」「仕事観」「人生観」には、正しい答えや間違った答えが
あるわけではありません。

普段、こういった「世界観」を見つめ直すことは殆ど無いでしょう。

しかし、人は誰しもこの「世界観」を意識していてもしていなくても
内側に持っています。

では、自分がどんな世界観を持っているかに意識的に気づくことで
何が起こるのか、次回、考えてみたいと思います。




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   <title>あなたの世界はもっと大きく、広いとしたら？</title>
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   <published>2010-12-10T06:21:31Z</published>
   <updated>2011-07-08T21:11:29Z</updated>
   
   <summary>「あなたが本当に伝えたいことは何？」 沈黙がしばらく続いたあと、私の口から出てき...</summary>
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         <category term="コーチング" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.coach-support.com/column/">
      「あなたが本当に伝えたいことは何？」


沈黙がしばらく続いたあと、私の口から出てきた言葉、
それは意外な一言だった・・・


　
      弊社の福社長、朝比奈が主体となって来年から新しいサービスを
始めることになった。

そのサービスとは、「ワールドビューコーチング」


ワールドビューとは、日本語で「世界観」という意味がある。

ワールドビューコーチングは、簡単に言うと、
クライアントの世界観、つまり、ビジョンやミッションを思い出してもらい、

それをホームページやブログなどで表現してもらうことを目的とした
コーチングセッション。


来年から正式にリリースしていくために、今、友人にモニターに
なってもらい、受けた感想やフィードバックを頂いて、改良を重ねている。

その一環で、私もモニターとなり、ワールドビューコーチングを
受けることになった。


・10年間、コーチングに携わってきて、コーチングが自分の中でどのように変わってきたのか？

・変化してきたにもかかわらず、一貫して変わらないものは何なのか？

・そして今、コーチングを通して本当に伝えたいことは何なのか？


朝比奈からの問いに、10年間を振り返りながら、思いを語った。


思いを言葉にするのは、簡単なようで案外難しい。

心のなかに思いはあるのだけれど、その思いをうまく表現する言葉が
なかなか見つからなかったりする。

ピッタリくる言葉が見つかるまで、いろんな言葉で言い換えてみる。
それはまるで、ジグゾーパズルのピースを、ああでもない、こうでもないと
言いながら、ピッタリ当てはまるまで、試行錯誤するのと似ている。

もちろん、ピッタリくる言葉が見つかったときの気持よさは言うまでもない。


朝比奈がしてくれるのは、質問をすること。
だが、単なる質問ではない。

こちらが発した言葉にどれくらいエネルギーが宿っているかどうかを
キャッチしながら、問いかけてくれる。


「あなたが本当に伝えたいことは何？」


エネルギーが宿っていないなと思ったら、「今言った○○ってどういうこと？」と
さらに掘り下げて聞いてくれる。

こんなやりとりを繰り返すうちに、自分の思いがどんどん深まっていくのに
気づく。


私の口から、最後に出てきた言葉は、

　「人生の美しさ、世界の美しさに気づく」　だった。


その瞬間、内側から込み上げてくるものがあった。
温かい沈黙がその場を包み込んだ。

まさに、心の最も奥深いところにある思いに到達した瞬間だった。




この一連のやりとりはすべて録音している。

セッションが終わったら、すぐにその録音を聞きなおし、
エネルギーが宿っている言葉を拾いあげていく。

それをホームページに載せる文章にしていくわけだが、
もちろん、セッションで話したことをすべて書くとは限らない。

しかし、一度、自分の奥底まで探る中で出てきた言葉には
言霊という言葉があるように、魂というかエネルギーが宿っていると思う。

そのエネルギーが宿った言葉を、ホームページで表現していく。

その言葉に触れ、あなたの世界観に共鳴した人が、
あなたのお客さんとして、あなたの世界につながっていく。

そんな共鳴しあう人と人とのつながりが広がっていったとしたら、
どんな世界が現れてくるのだろう。


「あなたの世界はもっと大きく、広いとしたら？」


そう、あなたの世界はもっと大きく、広いのだ。


　
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   <title>葛藤はなぜ起こるのか？　その３</title>
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   <published>2010-12-06T21:11:06Z</published>
   <updated>2010-12-07T02:48:03Z</updated>
   
   <summary>前回の最後に、どうしたら葛藤は消えるのか？　と書いて終わりました。 私たちは葛藤...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.coach-support.com/column/">
      前回の最後に、どうしたら葛藤は消えるのか？　と書いて終わりました。

私たちは葛藤で苦しんでいるとき、このように

「どうしたら消えるのか？」と考えてしまいます。

しかし、実はこの考えがさらなる葛藤を生んでしまうのです。
      なぜなら、

「葛藤している」状態と「葛藤を消さなければならない」という状態

との間で、今度は新たな葛藤が生み出されてしまうからです。


つまり、葛藤を解消しようと思えば思うほど、

葛藤は消えないどころか、益々大きくなってしまうのです。


では、どうしたらいいのでしょうか？


結論を言うと、

「葛藤を解消しようとしない」

ということです。

それによって、新たな葛藤を創り出すことをまず止めます。


そして、

「私は葛藤している」

ということを実感する。つまり、葛藤から逃げずにどっぷりと
葛藤の中に浸るといったらいいでしょうか。


葛藤状態とは、あなたの中にあるエネルギーが分裂している
状態でもあります。

エネルギーをどんどん分断し、小さくしているのです。

エネルギーは気力、やる気、モチベーションと言い換えても
いいでしょう。


だから、葛藤しているときは、元気がなくなっていくのです。



「葛藤を解消しようとしない」ことで、新たなエネルギーの分裂は止まります。

そして、

「私は葛藤している」とあるがままを認めるとき、不思議とエネルギーが
回復してきます。


悲しい時に泣くのを我慢していると、どんどんしんどくなりますが、
涙を流して泣くと、泣いた後とてもスッキリして、元気になった体験は
誰もがあるのではないでしょうか。

同じく、葛藤も

「私は葛藤している」

とあるがままを受け入れたときに、エネルギーが戻ってきて、
元気になってきます。


まとめますと、

・葛藤しているときは、葛藤を解消しようとしないこと
・葛藤しているということをあるがまま受け入れること


こうして、エネルギーが戻ってくると、
これまで葛藤していたことでも、案外、葛藤しなくなる、
つまり、どうでもよくなってくるんですね（笑）


世の中の様々な苦しみは、今のあるがままから別の何かに
なろうという考えが、生み出すのかもしれません。





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   <title>葛藤はなぜ起こるのか？　その２</title>
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   <published>2010-09-14T08:03:03Z</published>
   <updated>2010-09-14T08:12:49Z</updated>
   
   <summary>前回に引き続き、「葛藤」について取り上げてみます。 前回、 葛藤は相反する二つ以...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.coach-support.com/column/">
      前回に引き続き、「葛藤」について取り上げてみます。


前回、

葛藤は相反する二つ以上の考えが、それぞれ別の方向へ
進もうと引っ張り合っている状態。

と定義しました。


この定義をさらに詳しく見ていくと、
      葛藤は、「考え」から出来ているということが
読み取れると思います。

しかし、この「考え」は単なる「言葉」ではなく、
「信念（ビリーフ）」といってもいいでしょう。


信念やビリーフと呼ばれるものと、単なる言葉とはどう違うのでしょうか？

信念、ビリーフは、「A=B」という形式を取ります。

具体的に例をあげると、

「女性は結婚したら家で育児をするべきだ（結婚した女性＝家で育児）」
「大学を出たら、働かなくてはいけない（大学を出た人＝働く）」

といったものです。

そして、信念、ビリーフの特徴は、このA=Bが強く結びついている
ということです。

なので、言葉にすると、
「～せねばならない」「～すべきだ」というような
言い方が多くなり、「当然だろ！」というような
強い感情が伴うことになります。


整理すると、葛藤とは

相反する二つの強い感情を伴った考え＝信念（ビリーフ）が
存在している状態

です。

例えるなら、

「大学を出たら働かなければならない」という信念と
「働くことはしんどいものだ」という信念とがぶつかり合っている

そんな状態です。

どちらも感情が伴うので、心が苦しくなるんですね。


では、この葛藤はどうすれば消えるのでしょうか？

次回はここを扱っていきます。
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   <title>葛藤はなぜ起こるのか？</title>
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   <published>2010-08-08T23:59:24Z</published>
   <updated>2010-08-09T00:11:32Z</updated>
   
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というお題を自分に出してみました。

葛藤は相反する二つ以上の考えが、それぞれ別の方向へ
進もうと引っ張り合っている状態。

ちょうど、綱引きのロープが引っ張り合っているように。

      
このロープが一本の場合だと、どちらか強いほうが勝つのでしょうが、
ロープが何本も絡み合っている場合は、右に行ったり、左に行ったり、
前に行ったり、後ろに行ったりとあちこち動いたあげく、
結局、元にいたところからそんなに動いていない、どこにも行ってない。

そんなふうにエネルギーだけ浪費して、終わってしまう。
葛藤というのは、そういう状態なのかもしれません。


これは個人の中で起こっている現象と同時に、人と人との関係の中で
起こっていることでもあるのではないでしょうか。

もし、自分の中で起きている葛藤を解消することができたとしたら、
人と人との関係の中で起こる葛藤も解消することができるかもしれません。


では、葛藤はどうすれば終わらせることが出来るのでしょうか？

次回、この考察を深めていきます。

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   <title>ことばはむつかしい</title>
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   <published>2010-08-04T09:06:14Z</published>
   <updated>2010-08-04T11:20:01Z</updated>
   
   <summary>同じ言葉を使っているからといって、 同じことを相手も見たり、感じているとは限らな...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.coach-support.com/column/">
      同じ言葉を使っているからといって、

同じことを相手も見たり、感じているとは限らない。


いや、むしろ、それはありえないだろう。


それでも私たちは言葉を使って、コミュニケーションをとる。

言葉は不自由で不充分なもの。

だからこそ、通じ合えたと実感したとき、その喜びはとても大きいのかもしれない。


      
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   <title>「私」に価値はあるのか？</title>
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   <published>2010-07-25T23:59:18Z</published>
   <updated>2010-07-26T00:24:43Z</updated>
   
   <summary>よく、「人は価値ある存在だ」と言われます。 しかし、本当にそうなのでしょうか？...</summary>
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      よく、「人は価値ある存在だ」と言われます。

しかし、本当にそうなのでしょうか？
      今回は、あえて誤解を招きかねない表現を使っています。
最後まで読んでいただくと、なんとなく言いたいことが伝わるのではと思います。


もし、「私」に価値があるとしたら、誰が見ても同じ価値を「私」に見出すでしょう。
それは、私が赤い服を着ていたら、見る人は「ああ、今日は赤い服なんですね」と言うように。

でも実際は、ある人は私を見て「すばらしい人ですね」といい、
別の人は私を見て「お前って、最低だな」と言うわけです。

「私」のことを「価値がある」と見てくれる人もいれば、
まったく「価値がない」と見る人もいる。


ということは、「私」の中に価値があるのではなく、
「私」と「見る人」との『間』に価値は存在するのではないだろうか？

例えば、Aさんと「私」との『間』には価値が生じ、
Bさんと「私」との『間』には、価値が生まれない。

この相手との『間』つまり、関係性の中に
価値というものは生まれるのではないかと思うのです。


だから、自分のことを「わたしには価値がない」といって、
落ち込む人が時々いますが、もともと「私」の中には価値がないのだから
本当は落ち込む必要なんて全くないんですね。


もちろん、「私」の中に、ある特定の資質のようなものはあります。
その資質を、価値あると見てくれる人もいれば、価値がないと見る人もいる
ということですね。


強みと弱みも同じかと。

ある人との関係では、あなたの資質が強みとなり、別の人との関係では
あなたの資質は弱みとなる。


とすると、重要なのは、何よりもあなたの資質や特性、それ自体は
プラスの価値もマイナスの価値もなく、ニュートラルなものだと知っておくこと。


もし、誰かがあなたに
「お前って、価値がないな」と言われても、「私」の中に価値がないと
受け止めずに、「あぁ、この人との間では、価値は生まれていないんだなあ」と
考えると、傷つくこともなくなるでしょうね。

　
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   <title>対話を通して意識を深めるには？</title>
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   <published>2010-06-03T05:45:56Z</published>
   <updated>2010-06-03T05:46:29Z</updated>
   
   <summary>最近、「対話」というものに興味を持っています。 ただ、色んな意見を聴くための対話...</summary>
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         <category term="エッセイ" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.coach-support.com/column/">
      最近、「対話」というものに興味を持っています。

ただ、色んな意見を聴くための対話というよりも、
対話を通して個々人の意識を深めるような、そんな対話に興味があります。

何度か試してみて、
どのようにすれば、対話を通して意識が深まるかというのが見えてきました。
      一つは、話す人は自分の内側に意識を向けるということです。

もう少し言うと、自分の中に沸き起こっている感覚やイメージ、直感
というものに耳を傾け、それを言葉で表現するようにする。

傍から見たら支離滅裂な話に聞こえるかもしれませんが、
相手に伝わるように言葉を選ぶと、その時点で、もともとの感覚やイメージが
消えてしまうので、とにかく生のまま出すということでしょうか。


二つ目は、相手の話はBGMのように聴くということです。

これは決して相手の話を聞かないということではなく、
リラックスしながら、相手の話を体全体で聴くということです。
耳だけで集中して聴くというのではなく。

そんな聴き方をしていると、フッと相手の言葉に触発されて、
思いがけない何かが浮かんでくることがあります。

それを言葉にして話すと、あなたの話をBGMのように
聞いていた人が、またその言葉に触発されて、何かを口にする。

これを繰り返していくと、今まで思っても見なかったようなことを
話している自分に気がつきます。


こういった気づきは、一人ではなかなか到達しないでしょう。

対話の相手がいることで、自分の内側にあった何かに
気づくことができます。


こういった意識を深める対話を、興味ある人と一緒に
やっていきたいなと思っています。
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   <title>「問題」と「問題ではないもの」とを分けるのは何か？</title>
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   <published>2010-05-31T00:09:41Z</published>
   <updated>2010-05-31T00:27:16Z</updated>
   
   <summary>「問題」という言葉をTVで見たり、新聞で読んだりしない日は 一日たりともありませ...</summary>
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      「問題」という言葉をTVで見たり、新聞で読んだりしない日は
一日たりともありません。

「これが問題だ」「この問題を何とかしなければ」
「教育問題」「環境問題」「○○問題」などなど


しかし、この「問題」って何でしょうか？
何が「問題」を作り出しているのでしょうか？

　
      <![CDATA[こういったことを考えるようになったのは、
ある人にとっては、「問題」だと思うことが、
他の人には別に「問題」ではないということが多々あることに
気づいたからです。

例えば、子供部屋が散らかっているのが、「問題」だと
思う親がいれば、そう思わない親もいる。

このように「問題」は絶対的なものではなく、
人によって変わる相対的なものではないだろうか、

そう考えると、自分が「問題」だと思っていることも、
おそらく他の人に取っては、問題ではないんだろう。


では、一体、「問題」と「問題ではないもの」とを分けるのは
なんだろうか？


私なりの答えはありますが、それが唯一絶対に正しい答えとも
思いません。

なので、この問いにたいするあなたの答えをぜひ聞かせて下さい。
このコラムには、コメント欄をつけていないので（スパムが多いから）
ツイッターでつぶやいてくれると嬉しいです。

<a href="http://twitter.com/home?status=RT @akagihiroki : Akagiコラム「問題」と「問題ではないもの」とを分けるのは何か？  http://tinyurl.com/25k9u8e "target="_blank"><img src="http://www.coach-support.com/img/mt/tweet.jpg" alt="この記事についてつぶやいてみる。" style="border:none; margin:0; padding:0;"/></a>]]>
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   <title>曖昧さに耐えること</title>
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   <published>2010-05-30T04:05:53Z</published>
   <updated>2010-05-30T04:25:22Z</updated>
   
   <summary>「あの人誰だったけ？」 顔は覚えているけれど名前が思い出せない そんな体験をした...</summary>
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      「あの人誰だったけ？」

顔は覚えているけれど名前が思い出せない

そんな体験をしたことがあるんではないでしょうか？

こういうときって、小骨がノドにささったように
スッキリしない気持ちになりますね。

      で、何かの拍子に、名前が出てくると、とても
スッキリするのです。

まあ、これは些細なことですが、
どうも人間というのは、曖昧なままでいることには
なかなか耐えられない生き物のようです。

ようは、すぐに答えを出したがるわけですね。
答えに飛びつきたがるといってもいいかもしれません。

とにかく答えが出ることで、気持ちはスッキリするのですが、
その答えが本当に適切な答えかどうかは、
あとになってみないと分からないことは多々あります。


結論や結果を素早く出すことが素晴らしい　という風潮がありますが、
人生で本当に大切なことは、すぐに答えが見つからないものもたくさん
あるでしょう。

とにかく答えが欲しいと、恐れや焦りが先に立つときは、
あえて結論をつけず、曖昧なままでいる勇気が必要かもしれません。
立ち止まる勇気といってもいいでしょう。

逆に、充分吟味して一つの答えが出ているのに、まだ他にあるかもしれないと
いう不安が出てきたら、そのときは、一歩踏み出す勇気がいるのでしょう。


何かをしなければ、と焦るときに止まる勇気。
他にもあるかもしれない、と不安になるときに一歩踏み出す勇気。

そして、今どちらなのかを見極められる力が欲しいなと思う今日この頃です。

　

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   <title>直感をコミュニケーションする</title>
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   <published>2010-05-29T03:33:34Z</published>
   <updated>2010-05-29T03:45:59Z</updated>
   
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      コーチングセッションでコーチがすることは、通常、

「聴く」「質問する」「フィードバックする」ですが、
この「フィードバック」を直感的に浮かんできたイメージや感覚、言葉などで
行うと面白いことが起こります。

      
それもコーチだけでなく、クライアントも一緒にすると。

いわば直感のキャッチボールですね。

直感はあらかじめ考えたことではなく、まさにそのときに浮かんできたこと
です。なので、この直感キャッチボールコミュニケーションは、
常にいまここの状態で、お互いにコミュニケーションすることになります。

そうすると、直感が直感を呼びさまし、呼び覚まされた直感が、
また別の直感を呼び覚まし、と、これがどんどん続いていくと…

不思議な世界が訪れます（笑）


コーチングでは、「その人が必要とする答えはその人の中にある」と
言います。

思っても見なかった答えが自分の中から出てくる瞬間は
感動的ですらあります。

そんな直感のキャッチボールを体験してみたい方、
ご興味あれば連絡くださいね。

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   <title>当たり前になっていることに目を向ける</title>
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   <published>2010-05-27T01:21:27Z</published>
   <updated>2010-05-27T01:59:28Z</updated>
   
   <summary>最近、よくしていることは、 当たり前になっていることを、本当にそうなのか？と 疑...</summary>
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      最近、よくしていることは、

当たり前になっていることを、本当にそうなのか？と
疑問を投げかけることです。

セミナーや本などでは、

「幸せになるためには、愛と感謝の気持ちが大切だ」とか
「成功するためには、明確な目標を持て」

といったことがよく書かれています。


私も昔は、「あぁ、そうすればいいのか」と思って素直にやってみました。

しかしながら、




      言われる通り、書かれてある通りのことをやろうと思えば思うほど、

だんだん、苦しくなる自分がいました。


そして、このやり方は違うのではと思って、別のセミナーに行ったり、
本を読んだりすると、今度は、前に言われていたことと反対のことを
言っていたりして、ますます混乱したことがあります。


しかし、あるときから、

「この講師は、著者は、幸せや成功といった言葉をどう捉えているのだろう？」
「そもそも私は、幸せや成功といった言葉をどう捉えているのだろう？」

そう、言葉の根本の定義に疑問を向けるようになるにつれ、
「○○になるためには、△△しなければならない」という呪縛から
離れられるようになりました。


幸せ、成功、お金、などなど、
私たちが普段、当たり前に使っている言葉を改めて見直すと、
新しい発見や気づきがあるかもしれないですね。

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   <title>強みと弱み</title>
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   <published>2010-05-26T05:33:17Z</published>
   <updated>2010-05-26T06:29:17Z</updated>
   
   <summary>しばらくぶりのエッセイです。 「あなたの強みは何ですか？」と聞かれたら、すぐに答...</summary>
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      しばらくぶりのエッセイです。

「あなたの強みは何ですか？」と聞かれたら、すぐに答えられるでしょうか？

僕は、う～～ん、と唸って答えが出てこないタイプです。

なぜ、すぐに出てこないかというと、強みがわからないからではなく、
強みとは、他の人や状況との関係性の中で生まれるものだと思うからです。

　
      例えば、職場にとてもゆっくりと丁寧に仕事を進める人がいたとしましょう。
仮にAさんとします。

Aさんの上司が、もし、
仕事は丁寧にじっくりとするのが素晴らしい、と考える人だったとすると、
おそらく、Aさんは高い評価を受けるでしょう。
そのときのAさんの丁寧さは、強みになるでしょう。

しかし、Aさんの上司が、
仕事はスピーディーにするものだ、と考える人だったら、
上司はAさんのことを「なんてトロい奴だ」と評価するかもしれません。
Aさんは、自分のことを「仕事がトロい」と弱みに思ってしまうでしょう。


強みや弱みは、人との関係性の中で決まると思うと、
自分が弱みだと思っていることも、別の人との関係の中では、
強みに変わるかもしれません。

そのとき、強みも弱みもなく、ただ自分の個性的な資質があることに
気づくのかなと思う今日この頃です。
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