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Akagi Log プロコーチ養成コーチ 赤木広紀のコラム&エッセイ

「私」に価値はあるのか?

よく、「人は価値ある存在だ」と言われます。

しかし、本当にそうなのでしょうか?

今回は、あえて誤解を招きかねない表現を使っています。
最後まで読んでいただくと、なんとなく言いたいことが伝わるのではと思います。


もし、「私」に価値があるとしたら、誰が見ても同じ価値を「私」に見出すでしょう。
それは、私が赤い服を着ていたら、見る人は「ああ、今日は赤い服なんですね」と言うように。

でも実際は、ある人は私を見て「すばらしい人ですね」といい、
別の人は私を見て「お前って、最低だな」と言うわけです。

「私」のことを「価値がある」と見てくれる人もいれば、
まったく「価値がない」と見る人もいる。


ということは、「私」の中に価値があるのではなく、
「私」と「見る人」との『間』に価値は存在するのではないだろうか?

例えば、Aさんと「私」との『間』には価値が生じ、
Bさんと「私」との『間』には、価値が生まれない。

この相手との『間』つまり、関係性の中に
価値というものは生まれるのではないかと思うのです。


だから、自分のことを「わたしには価値がない」といって、
落ち込む人が時々いますが、もともと「私」の中には価値がないのだから
本当は落ち込む必要なんて全くないんですね。


もちろん、「私」の中に、ある特定の資質のようなものはあります。
その資質を、価値あると見てくれる人もいれば、価値がないと見る人もいる
ということですね。


強みと弱みも同じかと。

ある人との関係では、あなたの資質が強みとなり、別の人との関係では
あなたの資質は弱みとなる。


とすると、重要なのは、何よりもあなたの資質や特性、それ自体は
プラスの価値もマイナスの価値もなく、ニュートラルなものだと知っておくこと。


もし、誰かがあなたに
「お前って、価値がないな」と言われても、「私」の中に価値がないと
受け止めずに、「あぁ、この人との間では、価値は生まれていないんだなあ」と
考えると、傷つくこともなくなるでしょうね。

 

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