よく、「人は価値ある存在だ」と言われます。
しかし、本当にそうなのでしょうか?
今回は、あえて誤解を招きかねない表現を使っています。
最後まで読んでいただくと、なんとなく言いたいことが伝わるのではと思います。
もし、「私」に価値があるとしたら、誰が見ても同じ価値を「私」に見出すでしょう。
それは、私が赤い服を着ていたら、見る人は「ああ、今日は赤い服なんですね」と言うように。
でも実際は、ある人は私を見て「すばらしい人ですね」といい、
別の人は私を見て「お前って、最低だな」と言うわけです。
「私」のことを「価値がある」と見てくれる人もいれば、
まったく「価値がない」と見る人もいる。
ということは、「私」の中に価値があるのではなく、
「私」と「見る人」との『間』に価値は存在するのではないだろうか?
例えば、Aさんと「私」との『間』には価値が生じ、
Bさんと「私」との『間』には、価値が生まれない。
この相手との『間』つまり、関係性の中に
価値というものは生まれるのではないかと思うのです。
だから、自分のことを「わたしには価値がない」といって、
落ち込む人が時々いますが、もともと「私」の中には価値がないのだから
本当は落ち込む必要なんて全くないんですね。
もちろん、「私」の中に、ある特定の資質のようなものはあります。
その資質を、価値あると見てくれる人もいれば、価値がないと見る人もいる
ということですね。
強みと弱みも同じかと。
ある人との関係では、あなたの資質が強みとなり、別の人との関係では
あなたの資質は弱みとなる。
とすると、重要なのは、何よりもあなたの資質や特性、それ自体は
プラスの価値もマイナスの価値もなく、ニュートラルなものだと知っておくこと。
もし、誰かがあなたに
「お前って、価値がないな」と言われても、「私」の中に価値がないと
受け止めずに、「あぁ、この人との間では、価値は生まれていないんだなあ」と
考えると、傷つくこともなくなるでしょうね。
